Tatsuya’s daily notes with his favorites of the day.
For the older posts, please check his Japanese blog called “Findings.”
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科学史には、複数の科学者がほぼ同時に同じ発見・発明をなす「複数同時発見(Multiples)」という現象がある。社会学者のR・K・マートンはこれを深掘りし、一人の天才による偉業も「社会の知識が成熟すれば、いずれ誰かが到達した発見を前倒しで達成したに過ぎない」と示唆した。天才とは特殊能力というより、時代の要請を効率よくカタチにする存在らしい。とすると、JBがファンクを作り出したのは「効率」なのか?なんか違う(笑)。
電話機は、いつ・だれが発明したの? |科学なぜなぜ110番 | キッズネット
https://kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science0444/
科学史には、複数の科学者がほぼ同時に同じ発見・発明をなす「複数同時発見(Multiples)」という現象がある。社会学者のR・K・マートンはこれを深掘りし、一人の天才による偉業も「社会の知識が成熟すれば、いずれ誰かが到達した発見を前倒しで達成したに過ぎない」と示唆した。天才とは特殊能力というより、時代の要請を効率よくカタチにする存在らしい。とすると、JBがファンクを作り出したのは「効率」なのか?なんか違う(笑)。
電話機は、いつ・だれが発明したの? |科学なぜなぜ110番 | キッズネット
https://kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science0444/
アフリカのガーナと南インドは、ダンスと音楽を深掘りするうえで欠かせない重要エリアだ。それらの文化を探るなかで、双方の現地に深く入り込み、人類学的な研究を重ねてきた教授の存在を知った。石井教授の研究テーマの中心は「憑依・呪術・儀礼」といった人々の宗教実践だが、それらの行為をつなぐ架け橋こそが音楽やリズムだと思う。「憑依って何ですか?」というストレートな問いから始まるこの動画、思わず見入ってしまった。
【儀礼と日常生活編】京大先生、質問です! 石井美保(人文科学研究所)
https://youtu.be/h8NJ_qVlGhI
普段あまりニュースをチェックしない僕は、世間からワンテンポ遅れて草間彌生さんの訃報を知った。渋谷の映画館でドキュメンタリー『わたし大好き』を観たし、自伝『無限の網』は何度も読み返した。NYのチェルシーにあるデイヴィッド・ツヴィルナーのギャラリーから新宿の草間彌生美術館まで、さまざまな展覧会にも足を運んだ。思い返せば、かなりのファンだ。北斎と同様、僕の中では別格の存在。謹んでご冥福をお祈りいたします。
A Message from Yayoi Kusama: David Zwirner
https://youtu.be/pr_pJ6eVQPs
北斎が限りなく西洋画に近い作品を残していることをご存じだろうか? ライデン国立民族学博物館が所蔵するシーボルト・コレクション内の作品群が「北斎がオランダの東インド会社からの依頼を受けて描いた肉筆画」だという解釈は、研究者の調査や分析によって確度の高い事実となっている。赤富士の北斎しか評価しないのも自由だが、僕はこうした部分にこそ彼の画力と「創り散らかし(雑食性・多様性)」の凄みを感じるのだ。
Edward Luper「東インド会社に依頼された、北斎のコミッション作品」
https://bit.ly/4y8r5od
「北斎をはじめとする彼ら巨人がいかにクリエイターとして貪欲で逞しく、その雑食性が強靭な筆「圧」を生み、時代を超えて見る者読む者を圧倒してきたか。世の荒波にのまれることなく「創り散らかし続ける」パワー。僕が彼ら巨人に触発されるのはそこなのです。」 このブログを書いてから早5年。その後25枚のアルバムを制作したことになる。久々に読み起こし、「ぬぉー、まだまだ足りん!」となぜか鼻息が荒くなっている今日この頃(笑)。
「創り散らかす」力 – Japanese Blog
https://l.tatsuyaoe.com/Ooqs0Z
横井軍平氏の本を読み、ゲームが「ワクワクを与える玩具」から「無意識に人から時間やお金を奪うためのUI/UX」へ変質・拡張した構造を考えさせられた(任天堂自体は今も性善説的な原点に基づくと思う)。そのビジネス思想は現代のSNSや巨大プラットフォームにも引き継がれている。アルゴリズムひとつで依存や中毒という人間の弱点を突ける社会に、どう抵抗するか? 今まさに真剣に考える時期に差し掛かっている。
横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力
https://link.amazon/B0igpXRwe
Dark Modelのアルバム『Relentless』と同名の書籍がある。その存在を知ったのはリリース後だったが、内容に強くインスパイアされ、オーディオブックで繰り返し聴いた。著者はマイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントのトレーナーを務めたティム・グローバー。自分を甘やかすことがいくらでもできる現代において、彼の主張はいたってシンプル。「言い訳をせず、失敗を糧にし、ひたむきに努力することで心と体の『準備』を万全にする。『運』などない」。
Tim Grover – The Most Honest Advice About Succeeding In Life
https://youtu.be/sLGqTikbdlY
この数か月、西洋以外の音楽を色々聴いてきた。声楽的には単声(モノフォニー)構造のものが多いのだけれど、リズムに関しては実に複層的で、一聴しただけではつかめないポリリズムや変拍子のものに沢山出会う。しかもそれが大衆音楽として普通に浸透している。意外な発見は、中東では音楽やダンスの発展において、「結婚式」がとても大事な役割を果たしてきたということ。日本はともかく、世界は踊りに踊りまくってるのだった。
Fidan & Volkan / Grup NIWAN ILHAN ICLEK
https://youtu.be/KDUb3NwXLGw
「沈黙は検索できない」と何度か書いたことがある。沈黙こそ人間に残された最高の知性ではないか。言葉や音の間にある空白をコントロールすることは、表現の本質だ。あえて黙るという選択をコンピュータが「無意味」と捉える限り、シンギュラリティが来ても人間の知性を超えることはないだろう。情報のノイズが溢れる今ほど、「黙る」ことの価値が高まっている時代はないと思う。そして、黙る行為は人間が機械に将来を奪われない防衛策にもなる。
Let Them Come, Let Them Go (Beat Mix)
https://youtu.be/JGJLVkR7844
90年代半ば、AIではなくAL(人工生命)や複雑系、カオス理論に魅せられ、浅い理解ながら本を読みあさっていた時期がある。現在それらの研究はデータサイエンスやネットワーク科学等に吸収・再編成されたが、当時の複雑系の世界は文字通り混沌とし、遊びと研究の境目もない熱気があった。そのムーブメントの中心にあったのが「サンタフェ研究所」だ。まだ健在だったとは。遊びと研究とビジネスが同義な世界、大好き(笑)。
Inside a real genius club: the Santa Fe Institute
https://youtu.be/3KeqjT2xyM0
これまで限界費用がゼロに近い高収益モデルで「いとも簡単に」莫大に稼いできた企業が、なぜインフラのような「しんどい」重厚長大ビジネスへ突進するのか不思議でならない。広告からサブスクへのシフトも、DisneyやNetflixのようにうまくはいかないだろう。ゴールドラッシュで本当に勝ったのはツルハシ屋やジーンズ屋で、一攫千金を狙って西に突進した山師達は彼らを潤す労働者と化してしまった — そんな歴史の皮肉を思い出す昨今のAI。
カリフォルニア・ゴールドラッシュ 1849 (The Wild West)
https://youtu.be/iydRkC0gMZI
岡本太郎氏は「芸術は爆発だ」と言った。僕にとっての芸術もしくは創作は、初期衝動、怒り、問題提起といった「ヤケクソ」を美に換える作業だ。衝動のまま形にするのもいいが、ヤケクソを手なずけ、冷静に、丁寧に編集・構築・物語化することで作品に昇華する。そのために不可欠なのが、経験に裏打ちされた技術(アート)なのだと思う。ただ、技術があれば作品めいたものは作れるが、肝心のヤケクソを生み出すことはできない。
BANDAI【オデくん&ゴブリン】ちいかわ シールコレクション
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年齢を重ねるほど好奇心が広がり、学びたいことが増えて忙しくなる。日々の制作に加えて勉強したいことが山積み。だが、そこに焦りはない。制作に1000時間かかるアルバムを100時間で完成できても、そこに楽しさはないのと同じだ。自発的な学びや創作の醍醐味は「過程」にあり、効率やタイパとは全く次元が異なる。やってもやっても終わらない感覚。それは時間が足りない焦りではなく、「終わりなき充実感」の中にいるということだと思う。
R.L.スティーブンソン「希望を持って旅をすることは、目的地にたどり着くことに勝る」
https://www.brainyquote.com/quotes/robert_louis_stevenson_162816
Carol Robbinsというハープ奏者が演奏するインスト「Caminhos Cruzados」を聴いていて、タイトル(ポルトガル語で「十字路」)からして、以前どこかで聴いたことがある曲だと思っていたものの、調べるまでには至らなかった。先日、何気なく検索してみたら、トム・ジョビン作曲の超有名曲で、しかも大学時代に毎晩リピートして聴いていたジョアン・ジルベルトのアルバムに収録されていたのだった。もうこれで一生忘れない(笑)。
João Gilberto – Caminhos Cruzados
https://youtu.be/D3Hf-725Yk4
テクノロジーは常に「レイジー」と「クリエイティブ」の選択を迫る。 思考や感情をAIに丸投げして「楽をする」アプローチと、アイデアの「着想の種」として使い、編集や意図を人間が責任を持ってコントロールするアプローチは全く異なる。「今や誰もがスタジオでAIを使っている」というグラミー賞のエグゼクティブのコメントが引用されているが、もしそれがレイジーな使い方ばかりなのだとしたら、問題なのは技術ではなく使い手の姿勢や業界の文化だろう。
Ari's Take「AI音楽は冒涜だ — “当たり前”にするのをやめよう」
https://aristake.com/ai-music-is-an-abomination/
陶芸の世界に魅せられている。まず驚くのはその自由度の高さ。「どこからどこまでを陶芸と呼ぶのか」が分からないほど表現が広がっている。それでいて、コンテンポラリーアートにありがちなコンセプト(作文)やウンチクだけで押し切ろうとする小賢しさやあざとさ(笑)が一切ない。ひとえに「まず圧倒的な技術の裏付けがなければ話にならない」という工芸の大原則が守られているのだ。当面の目標は、稲崎さんの作品の実物をこの目でみること。
稲崎栄利子 – 幻想的なフォルムと、想像を超える精緻な技術
https://www.vogue.co.jp/lifestyle/article/the-crafts-revolution-eriko-inazaki

