2026年09月30日
ここ最近は特に、できるだけ自分の知らない音楽やリズムに触れたいという気持ちがあって、馴染みの曲や往年の「名曲」、懐メロの類いをあえて聴かないようにしている。 音楽に限らず、「あの時代は良かった」というような回顧をしない習慣をつけていると、今に全力投球できる気がするのだ。…と言いつつも、我ながら「自分に厳しすぎるな」と思ったので、今日は懐メロ紹介します(笑)。この歌手の方、いつもお名前が読めない…。
トレインチャ・オーステルハウス『Baby Be Mine(Michael Jackson)』
2026年09月29日
先日「現実を受け入れ、執着を手放す」という仏教的な現世観を書いた。ただ、現実にはコントロールできるものとそうでないものがあり、可能な領域には努力や時間を惜しまず取り組むことが大切だと思う。さらに言えば「現実逃避」という言葉はあるが、自分の内面やクリエイティビティを磨く営みに比べれば、むしろ現実こそが「逃避先」、つまり単なるアトラクションにすぎないとも言えるのではないだろうか。現実より大事なものを大事にしたい。
荘子『胡蝶の夢』 - Wikipedia
2026年09月27日
映画『キャスト・アウェイ』を初めて見た。公開当時はDJと制作でまさしく本作のテーマ通り「時間に追われて」いた。 『ショーシャンクの空に』同様、物語の背景にはキリスト教的なメタファーが深く横たわっている。だが、両作に共通して印象的なのは、「絶対に諦めない」「生き抜く」という西洋的な克己心や意志だけではない。「まず、自分ではどうにもできない現実を受け入れ、執着を手放す」という、東洋的な諦念も力強く織り込まれている点だ。
Cast Away (2000) Trailer
2026年09月24日
NHK『まいにち中国語』の前期分120講座が明日で終わる。NHKの語学講座はそれこそ中学生の頃から時々聴いていたけれど、すべての講座を毎日聴き通したのは今回が初めて。とはいえ、テキストを読み込んでしっかり文字を追わないと、力がついた気がしない。 勉強を始めた理由は、ひとえにこのウェブサイトの一部だけでも中国語版のページを作りたいから。AIに自動翻訳してもらってもできるけれど、それだと自分が面白くないからね。
まいにち中国語 - NHK
2026年09月22日
現在、30曲近くあるデモ曲を一つ一つ洗練させながら絞り込んでいる。アルバム全体のバランスや曲ごとの個性も考慮するが、一番大事にしているのは「自分自身がそのまま作り進めたいか、ワクワクできるか」。自分が面白いと思えないものに、情熱を注ぎ続けることはできない。ふと、染色芸術家・福本繁樹さんの動画を見返すことがある。お気に入りは冒頭3分間のトークで、彼はそこで「面白い」という言葉を10回も口にしているのだ。
2026年09月21日
ネット上で更新されているブログやジャーナルの中で、僕が唯一定期的に立ち寄るウェブサイトが『The Marginalian』だ。主宰者であるマリア・ポポーヴァ(ブルガリア出身)の書く知的な文章は、ネイティブでも難解だと言われていて、僕の中では故・松岡正剛さんの『千夜千冊』と重なる部分がある。それはさておき、「誠実に書く」というテーマに絞られたこのインタビュー自体がとても誠実な内容で、創作に関わる人は一聴の価値があると思う。
2026年09月20日
経済学者ヴェブレンは『有閑階級の理論(1899)』で、新興の富裕層(成金)が学ぶ語学、礼儀作法、鑑賞眼といった教養は、見栄・自己顕示のためのステータス・シンボルに過ぎないと斬る一方、モノづくりに励む作家や技術者、学者の姿を高く評価した。利害関係や下心のない「ただ知りたい」「もっと上手く作りたい」という純粋な探求心こそが、真の発明や創造性を生む。彼はこれを「Idle Curiosity(無用の好奇心)」と名付けた。
2026年09月19日
僕は実用品ではない新世代の陶芸や工芸作品に強く惹かれる。クラフトマンシップや確かな技術に裏打ちされた「目の前にある物質そのものの圧倒的な美」に出会うと、アーティストとエンジニアの境界線などほぼ無意味に思えてくる。対して、伝統的なアートや工芸の世界では、作家の生き様や思想、歴史的文脈、権威付けといった「物語(ナラティブ)」に重きを置く。我々が鑑賞・評価してきたのは「作品」ではなくて「人間」なのかもしれない。
2026年09月15日
数多くのアスリートを勝利に導いたジオ・ヴァリアンテは、タイガー・ウッズらスーパーアチーバーを例に「最高のパフォーマンスを引き出すメンタル法則!」を熱く語る。チクセントミハイの「フロー理論」からニーチェ、フロイトまで賢人の知恵を紹介した揚げ句に、彼はこう締めるのだ。「結局ね、本を読んで、仲間と質の高い会話をして、ゴルフの打ちっぱなしをしてる今の生活が一番幸せなんですよ。お金かからないし。」そこに行くんかい(笑)。
No.1 Performance Psychologist: The Secret to High Performance and Excellence
2026年09月13日
先日書いた「沈黙する」と同じく、「待つ」力や「聴く」力は、人間が持つ、それでいて忘れられがちな知性だと思う。ただ、せっかちな僕はこの「待つ」のが下手だ。何でも先手先手で取り掛かろうとして、かえって時間の無駄や回り道をすることがある。そんな中、鷲田清一さんの著書『「待つ」ということ』に出会ったが、納得できる話やエピソードが満載で引き込まれた。特にこのページでも紹介されている「幸福を小刻みに」という話に共感。
2026年09月09日
この数か月、次の作品のアイデアを膨らませつつ「音のフィールドサーベイ」をしてきましたが、かなり照準が絞れてきました。この勢いで曲をどんどん仕上げていきたいと思っています。ということで、このマイクロブログはしばらくの間、不定期更新とさせていただきます。いい作品ができるように頑張ります!それまではCFの最新作『Renaissance』をお楽しみ下さい。
2026年09月05日
日本での知名度はほぼゼロだが、CNBCやBloombergからBBCまで、このところEd Zitron(エド・ジトロン)が経済メディアに登場しない日はない。 画面上の彼は「ブリティッシュアクセントでAIバブル崩壊論をまくしたてる好戦的な兄ちゃん」だが、自身のブログでは様々な財務データを用いて、かなり地に足のついた分析を展開している。アメリカ人の中からこういうタイプが現れないのは、実は日本と似て「空気で動く」からかもしれない。
2026年09月04日
現在『アフリカを学ぶ人のために』という本を読んでいる。編者の松田素二教授によると、日常的に起こる紛争や対立の解決策として、加害者と被害者が「対話的真実」を求め話し合う試みがあるという(南アフリカやルワンダなどの例)。2050年頃には世界人口の4分の1が、今世紀末には3分の1以上がアフリカ人になると推計されている。彼らのコミュニケーション方法に興味を持ち、耳を傾けることは、決して無駄にはならないはずだ。
2026年08月31日
科学史には、複数の科学者がほぼ同時に同じ発見・発明をなす「複数同時発見(Multiples)」という現象がある。社会学者のR・K・マートンはこれを深掘りし、一人の天才による偉業も「社会の知識が成熟すれば、いずれ誰かが到達した発見を前倒しで達成したに過ぎない」と示唆した。天才とは特殊能力というより、時代の要請を効率よくカタチにする存在らしい。とすると、JBがファンクを作り出したのは「効率」なのか?なんか違う(笑)。
2026年08月30日
アフリカのガーナと南インドは、ダンスと音楽を深掘りするうえで欠かせない重要エリアだ。それらの文化を探るなかで、双方の現地に深く入り込み、人類学的な研究を重ねてきた教授の存在を知った。石井教授の研究テーマの中心は「憑依・呪術・儀礼」といった人々の宗教実践だが、それらの行為をつなぐ架け橋こそが音楽やリズムだと思う。「憑依って何ですか?」というストレートな問いから始まるこの動画、思わず見入ってしまった。
2026年08月29日
普段あまりニュースをチェックしない僕は、世間からワンテンポ遅れて草間彌生さんの訃報を知った。渋谷の映画館でドキュメンタリー『わたし大好き』を観たし、自伝『無限の網』は何度も読み返した。NYのチェルシーにあるデイヴィッド・ツヴィルナーのギャラリーから新宿の草間彌生美術館まで、さまざまな展覧会にも足を運んだ。思い返せば、かなりのファンだ。北斎と同様、僕の中では別格の存在。謹んでご冥福をお祈りいたします。
2026年08月28日
北斎が限りなく西洋画に近い作品を残していることをご存じだろうか? ライデン国立民族学博物館が所蔵するシーボルト・コレクション内の作品群が「北斎がオランダの東インド会社からの依頼を受けて描いた肉筆画」だという解釈は、研究者の調査や分析によって確度の高い事実となっている。赤富士の北斎しか評価しないのも自由だが、僕はこうした部分にこそ彼の画力と「創り散らかし(雑食性・多様性)」の凄みを感じるのだ。
2026年08月27日
「北斎をはじめとする彼ら巨人がいかにクリエイターとして貪欲で逞しく、その雑食性が強靭な筆「圧」を生み、時代を超えて見る者読む者を圧倒してきたか。世の荒波にのまれることなく「創り散らかし続ける」パワー。僕が彼ら巨人に触発されるのはそこなのです。」 このブログを書いてから早5年。その後25枚のアルバムを制作したことになる。久々に読み起こし、「ぬぉー、まだまだ足りん!」となぜか鼻息が荒くなっている今日この頃(笑)。
2026年08月23日
横井軍平氏の本を読み、ゲームが「ワクワクを与える玩具」から「無意識に人から時間やお金を奪うためのUI/UX」へ変質・拡張した構造を考えさせられた(任天堂自体は今も性善説的な原点に基づくと思う)。そのビジネス思想は現代のSNSや巨大プラットフォームにも引き継がれている。アルゴリズムひとつで依存や中毒という人間の弱点を突ける社会に、どう抵抗するか? 今まさに真剣に考える時期に差し掛かっている。
2026年08月22日
Dark Modelのアルバム『Relentless』と同名の書籍がある。その存在を知ったのはリリース後だったが、内容に強くインスパイアされ、オーディオブックで繰り返し聴いた。著者はマイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントのトレーナーを務めたティム・グローバー。自分を甘やかすことがいくらでもできる現代において、彼の主張はいたってシンプル。「言い訳をせず、失敗を糧にし、ひたむきに努力することで心と体の『準備』を万全にする。『運』などない」。
2026年08月18日
この数か月、西洋以外の音楽を色々聴いてきた。声楽的には単声(モノフォニー)構造のものが多いのだけれど、リズムに関しては実に複層的で、一聴しただけではつかめないポリリズムや変拍子のものに沢山出会う。しかもそれが大衆音楽として普通に浸透している。意外な発見は、中東では音楽やダンスの発展において、「結婚式」がとても大事な役割を果たしてきたということ。日本はともかく、世界は踊りに踊りまくってるのだった。
2026年08月15日
「沈黙は検索できない」と何度か書いたことがある。沈黙こそ人間に残された最高の知性ではないか。言葉や音の間にある空白をコントロールすることは、表現の本質だ。あえて黙るという選択をコンピュータが「無意味」と捉える限り、シンギュラリティが来ても人間の知性を超えることはないだろう。情報のノイズが溢れる今ほど、「黙る」ことの価値が高まっている時代はないと思う。そして、黙る行為は人間が機械に将来を奪われない防衛策にもなる。
2026年08月13日
90年代半ば、AIではなくAL(人工生命)や複雑系、カオス理論に魅せられ、浅い理解ながら本を読みあさっていた時期がある。現在それらの研究はデータサイエンスやネットワーク科学等に吸収・再編成されたが、当時の複雑系の世界は文字通り混沌とし、遊びと研究の境目もない熱気があった。そのムーブメントの中心にあったのが「サンタフェ研究所」だ。まだ健在だったとは。遊びと研究とビジネスが同義な世界、大好き(笑)。
2026年08月10日
これまで限界費用がゼロに近い高収益モデルで「いとも簡単に」莫大に稼いできた企業が、なぜインフラのような「しんどい」重厚長大ビジネスへ突進するのか不思議でならない。広告からサブスクへのシフトも、DisneyやNetflixのようにうまくはいかないだろう。ゴールドラッシュで本当に勝ったのはツルハシ屋やジーンズ屋で、一攫千金を狙って西に突進した山師達は彼らを潤す労働者と化してしまった — そんな歴史の皮肉を思い出す昨今のAI。
2026年08月08日
岡本太郎氏は「芸術は爆発だ」と言った。僕にとっての芸術もしくは創作は、初期衝動、怒り、問題提起といった「ヤケクソ」を美に換える作業だ。衝動のまま形にするのもいいが、ヤケクソを手なずけ、冷静に、丁寧に編集・構築・物語化することで作品に昇華する。そのために不可欠なのが、経験に裏打ちされた技術(アート)なのだと思う。ただ、技術があれば作品めいたものは作れるが、肝心のヤケクソを生み出すことはできない。
2026年08月05日
年齢を重ねるほど好奇心が広がり、学びたいことが増えて忙しくなる。日々の制作に加えて勉強したいことが山積み。だが、そこに焦りはない。制作に1000時間かかるアルバムを100時間で完成できても、そこに楽しさはないのと同じだ。自発的な学びや創作の醍醐味は「過程」にあり、効率やタイパとは全く次元が異なる。やってもやっても終わらない感覚。それは時間が足りない焦りではなく、「終わりなき充実感」の中にいるということだと思う。
R.L.スティーブンソン「希望を持って旅をすることは、目的地にたどり着くことに勝る」
2026年08月03日
Carol Robbinsというハープ奏者が演奏するインスト「Caminhos Cruzados」を聴いていて、タイトル(ポルトガル語で「十字路」)からして、以前どこかで聴いたことがある曲だと思っていたものの、調べるまでには至らなかった。先日、何気なく検索してみたら、トム・ジョビン作曲の超有名曲で、しかも大学時代に毎晩リピートして聴いていたジョアン・ジルベルトのアルバムに収録されていたのだった。もうこれで一生忘れない(笑)。
2026年08月02日
テクノロジーは常に「レイジー」と「クリエイティブ」の選択を迫る。 思考や感情をAIに丸投げして「楽をする」アプローチと、アイデアの「着想の種」として使い、編集や意図を人間が責任を持ってコントロールするアプローチは全く異なる。「今や誰もがスタジオでAIを使っている」というグラミー賞のエグゼクティブのコメントが引用されているが、もしそれがレイジーな使い方ばかりなのだとしたら、問題なのは技術ではなく使い手の姿勢や業界の文化だろう。
2026年08月01日
陶芸の世界に魅せられている。まず驚くのはその自由度の高さ。「どこからどこまでを陶芸と呼ぶのか」が分からないほど表現が広がっている。それでいて、コンテンポラリーアートにありがちなコンセプト(作文)やウンチクだけで押し切ろうとする小賢しさやあざとさ(笑)が一切ない。ひとえに「まず圧倒的な技術の裏付けがなければ話にならない」という工芸の大原則が守られているのだ。当面の目標は、稲崎さんの作品の実物をこの目でみること。
稲崎栄利子 - 幻想的なフォルムと、想像を超える精緻な技術













































