マイクロブログ・アーカイブズ 2025年6月
特定のメンターや「師匠」を作るのは興味がないけど、現実世界から架空の人物まで、数えきれないほどの「ロールモデル」にお世話になった。自分にとって「部分的に」ロールモデルとなる人やアクション、スキル、仕事ぶりを集めて研究し、それらの「断片」を組み合わせたり掛け合わせているうちに人生はオリジナルなものになる。
特定のメンターや「師匠」を作るのは興味がないけど、現実世界から架空の人物まで、数えきれないほどの「ロールモデル」にお世話になった。自分にとって「部分的に」ロールモデルとなる人やアクション、スキル、仕事ぶりを集めて研究し、それらの「断片」を組み合わせたり掛け合わせているうちに人生はオリジナルなものになる。
何を学ぶにしても、「最初に誰から、何を教材にして学ぶか」は至極大事だと思う。ただ、昔と違い今はオンラインコースやAIチャットなど、自分に合った学び方を選択する自由度が遥かに高い。こうなるともう教師や学校のせいには出来ない。ところで、なぜ多くの人が「時間をかけずに、手早く」学びたいと思うのだろう?時間がかかるからこそ楽しいのに。
ピカソは「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」という自惚れ極まりない(笑)名言を残した。僕を含めて現代を生きる日本人が「盗み」や「略奪」に感じる罪悪感や非難の感情は、世界のモラル基準からするとむしろ特殊なのだと思う。国を出れば、「僕のものは僕のもの。君のものも僕のもの。」と言わんばかりの考え方の人が多いくらい。略奪世界をしなやかに生き抜くことが21世紀の必修科目。
人間の脳は狩猟採集時代から殆ど変わっていない。我々は「獲物を生け捕り、敵から身を守り、群れて生きる」ために設計された脳のままでこの時代を生きているのだから、そもそも限界はある。AIの穏やかな知性と人間達の穏やかでない野性からそれを痛感する、2025年。
近年放送業界やネットでも「フィンガープリンティング技術」を楽曲使用報告に活用するケースが増えているため、未検知・誤動作の影響はビジネスにも及んでいる。街やラジオ、テレビでかかっている楽曲をShazamで調べるようになって長いけれど、バラエティやナレーションの入る番組のBGMやライブ演奏の楽曲を識別させるのはまず無理で、全く関係のない曲が表示されることが多々ある。
新作『Moment of Now (Suchness 5)』ではこれまでのSuchnessの時間感覚や浮遊感に「時間を止める」という要素を取り込んでアイデアを練った。記憶に頼らず、感情も引き出さないでひたすら「今、目の前にあるもの」だけに意識を集中させる。それが習慣的にできるようになったら収穫は大きいと思う。
本当の人生は「人生(この世)はばかばかしいもの」と気付いた瞬間から始まる。ばかばかしさを原点として、生き甲斐を見出しながら、他人や社会にマイナスではなくプラスになることをしようと奮闘する。この無限音階の様な「らせん」を楽しむのが人生。
シリアスで斜に構えた作品を作るよりも、心が躍動し気持ちが前に向く作品を作る方が遥かに「人としてのパワー」が要る。悲観や恐怖、ニヒリズムを唱え、煽るのは簡単だし、それに染まるのはもっと簡単で、油断すると重力のように下に引っ張られていく。
「考えること」の大事さは誰もが理解しているが、「考えないこと」=無心になることの大事さは意外と理解されていない。マイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントのトレーナーと、禅僧のティク・ナット・ハン。すなわち熾烈な競争を勝ち抜く達人と、心の平穏(マインドフルネス)を説く達人。彼らの心構えが「Don’t Think」という共通項で繋がるのは興味深い。






「ブックスマート(学識)」と「ストリートスマート(現場知)」。この二つは対立する能力のように語られがちだが、本質はトレードオフではなく「掛け算」の関係だと思う。つまり片方が備わっていても十分ではないし、伸びしろは幾らでもある。ただ、徒手空拳の生き方に憧れて生きてきた僕が、後者のタイプに強く惹かれるのには理由がある。彼らは、自分を偉く見せようとする虚栄心こそが最もスマートではない、という真理を肌感覚で知っているからだ。
Street smart vs. book smart: 12 Differences
https://www.psychmechanics.com/street-smart-vs-book-smart/
先日数学の話を少し書いたが、意外なところで数学の概念が役に立つことに気づいた。将来への不安や、現状への焦りで気持ちが落ち着かない時、「心を微分して考える」のはどうだろう?単に「今、この瞬間を生きる」だけではなくて、そこに「傾き(方向性)」という概念を取り込む。たとえ全体(積分値)が思わしくなくても、極限まで細分化した「今」という瞬間の傾きがわずかでも上を向いていれば、それは「うまくいっている」と言える。
中学生でも分かる微分の授業
https://youtube.com/shorts/aT695wMeaXA
「ぼくはまいにち、紙の舟をひとつずつ流れに浮かべる。見知らぬ国のだれかがそれをみつけて、僕のことを知ってくれるといいな」 これは、1913年に出版されたインドの思想家、ラビンドラナート・タゴールの散文詩集『三日月』の一節。思えば、自分が音を紡ぎはじめたのもこの感覚に近い。音は一度手を離れると風に舞い、空気を伝って、僕の知らない誰かの耳に届く。この詩を知っただけでも、タゴールに出会えた幸せを感じる。
ラビンドラナート・タゴール『三日月』
https://amzn.to/4f2u6jH