マイクロブログ・アーカイブズ 2023年2月
曾祖父母が第二次大戦時カリフォルニアの強制収容所に入れられていたことを聞いたのは、母が他界するほんの少し前。僕が渡米した後もなお先祖にアメリカ移民がいたことを全く知らなかったわけだが、母から聞いた僅かなエピソードの中で印象的だったのは、収容所での過酷な生活や人種差別を経てもなお、曾祖父はアメリカへの愛国心に溢れていたということ。僕にとって「二つの祖国」はもはや作り話ではない。
曾祖父母が第二次大戦時カリフォルニアの強制収容所に入れられていたことを聞いたのは、母が他界するほんの少し前。僕が渡米した後もなお先祖にアメリカ移民がいたことを全く知らなかったわけだが、母から聞いた僅かなエピソードの中で印象的だったのは、収容所での過酷な生活や人種差別を経てもなお、曾祖父はアメリカへの愛国心に溢れていたということ。僕にとって「二つの祖国」はもはや作り話ではない。
「時間をかけてぐつぐつ煮たシチューよりも、温かいインスタントスープの方が時に価値がある」といった内容の事を昔誰かが言っていた。クリエイターの多くは完璧主義に陥りがちで、時間管理が苦手。職業に関係なく日本人にはこの傾向が強いというが、この完璧主義は実は自分も周囲もあまり幸せにしない。自分の集中力や意志を過信せず、意識的にせっかちになって小さい結果を積み上げていく方がハッピーだと思う。
「言論には言論で」とはよく言われるが、世界中を見渡し、歴史を振り返ると、言葉が解決してきたことは意外にも少ない。解決策を暴力に求めるのは頂けないが(でも往々にしてそうなる)、「自分は賢い」という自負の強い論破型の人は、「人は気持ちで動く」ということに意外なほどに鈍感。言論や「正しさ」では、喜怒哀楽には勝てないんです。
70年の大阪万博は、岡本太郎の表現する縄文人的な情念や野蛮さと、丹下、磯崎らの弥生人的なモダニズムとのぶつかり合いが成功に導いたという見方がある。確かにこの「縄文と弥生の衝突」というのは日本文化を育んできた原動力になっているように思うが、一人の人間の中でもこの二つの要素をどう飼いならすかは重要だろう。自分は縄文6で弥生4くらいか。
「若さとは、人生の或る期間を指すのではなく、ひとつの心の持ちようを指すのだ。(中略)年輪を重ねただけでは人は老いない。理想を見失った時初めて老いが訪れる。」安藤忠雄氏も感銘を受けたというサミュエル・ウルマンの「青春」という詩。これまでに何度も目にしたはずのこの詩の偉大さに気付かなかったのは、(物理的な年齢が)若かったからだろう。
メディアで作家やアーティスト、漫画家などの快適で洗練された書斎やアトリエを紹介するのを目にする機会は多いが、彼らのキャリアの足掛かりとなった作品はその仕事場からではなく、もっと不便で劣悪な環境の下で生まれたものだと思う。松本清張の経歴に触れてそのことを再確認した。
意外かも知れないが、ジャズはアメリカで「最も人気のない音楽ジャンル」とされている。複雑な音楽性や独特のスノビズム/エリート主義に加えて、ジャズの背景にある歴史的・人種的複雑さがジャズを「面倒臭い音楽」にしている印象がある。音楽すら能天気に(感覚的に)楽しめず、何もかも民族的ルーツや政治思想とロジカルにリンクさせなければ気が済まないのが、良くも悪くも今のアメリカ。
大人になってからはご無沙汰だが、子供の頃プラモデルを作るのが大好きだった。音楽作りとプラモデル製作は似ている部分が多くて、Dark Modelなどは「音のジオラマ」を作っているような感覚がある。「三つ子の魂百まで」ならぬ「モデリング魂百まで」。
ストレスを溜めずに生きるには「他人が作ったゲーム、ルール、契約」で戦わないこと。ゲームの(既存の)ルールを変える、いわゆる「ゲームチェンジャー」は聞こえは良いけど、膨大なエネルギーと資源を必要とする。ゴールは「生き残ること」であって、ゲームを変えたり周囲を制圧することは、副産物もしくは手段でしかないと思う。
僕の生まれた広島県は全国1位の移民送出県だという。それを今日知った(笑)。僕の曾祖父も20世紀初頭に家族で渡米したのだが、その事実を知ったのも割と最近だ。祖母の家にはMJBコーヒーの緑の缶やスパムの缶詰があり、僕によくパンケーキを焼いてくれた。幼稚園児にもなっていない当時は、そのハイカラさの背景など考えもしなかった。もっと詳しく知りたいと思った時には、事情を知る人はもういない。それが世の常なのだろう。
10万人が海を渡った移民県「錦衣帰郷」の夢と苦難、子孫が伝える [広島県]
https://www.asahi.com/articles/ASQ524SVPQ4XPITB00W.html
マレーシアのマハティール元首相は、1997年のアジア通貨危機でジョージ・ソロス氏ら投機筋による通貨売りを「国民の富を流出させる侮辱的行為」とみなした。一方、現在の日本は、自国の通貨や労働価値を薄め、株価の上昇に喜ぶという隷属的な状態を受け入れている。なぜそれを歓迎するのか。その理由の一つは、歴史から学ぶことを忘れ、あるいはそれを歪めて正当化する人間の習性にある。「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」
20年経ても大嫌い、「恥知らず」な通貨トレーダー-マハティール氏
https://bit.ly/3MEwu4b
「部屋をまるごとノイズキャンセリング」という技術は、まだ確立されていない。耳の位置が固定されていない以上、自分の耳に入る音を電気的にキャンセルできないのは当然といえば当然。とはいえ、そんな技術が欲しくなるほど騒音が気になる家に住んでいたことがある。楽器練習用の「防音室」は、音漏れを防ぐだけでなく、外の騒音もかなり遮断するらしい。でも、その中でデスクワークをしないと落ち着かなくなったら、それはそれで問題だな…。
頂上対決!YAMAHAとKAWAIのユニット式防音室をレビュー
https://youtu.be/CZNC4WZbgn4