知っているようでまだ全然知らない「世界」のこと
エンタテインメントの分野においても、日本に住む我々は安易に「海外」と「世界」という言葉を混同して使いがちですが、実際我々が「世界」と言って思い浮かべる世界は、世界のほんのほんの一部にしか過ぎないということを強く感じる今日この頃です。
エンタテインメントの分野においても、日本に住む我々は安易に「海外」と「世界」という言葉を混同して使いがちですが、実際我々が「世界」と言って思い浮かべる世界は、世界のほんのほんの一部にしか過ぎないということを強く感じる今日この頃です。
ただ今東京は深夜の豪雨です。このところ天気荒れてますね~、心まで荒れないようにしなければと思いつつ、ごく近所にあった、割と高級志向のスーパーが今日、突然破産宣告をして閉店してしまい、何となく切ない気分にかられて書いている […]
リミックスを終わらせて以降、契約書のチェックとか出張の手配で時が過ぎていってます。契約書は英語のものが最近多くて、20枚近くある書類を自動翻訳にかけては、全然正しく翻訳してくれないので結局一から自分で読解したりしている、 […]
Tatsuya Oe Updated: 2024/11/6 水曜日






人間が創造するものは常に諸刃の剣で、人の役に立つと同時に人を傷つけ、攻撃する道具にもなりうる。AIやハイテクのような今日的なもの以前に、まず「言葉」がそうだ。だが、扱いが難しい言葉とともに、音楽を構成する大事な要素である「メロディ」はどうだろう? メロディは、人間が創り出したものの中で唯一と言っていいくらいに「誰も傷つけない」ものではないか。先日他界したニール・セダカのこの名曲をふと思い出し、そんなことを考えた。
Neil Sedaka – Laughter In The Rain (Live, 1977)
https://youtu.be/y5H6G58hBUo
先日紹介したアビング氏の本では、ポップスターと貧乏な芸術家の対比が強調されていたが、実際は(欧米では特に)、世間の言うスーパースターは「スーパー破産人」であることも少なくない。エンタテイメント・ビジネスというのは結局のところ「人と金」の問題だから、ここに無頓着だったり安易に人任せにすると、スーパースターですら「そうめん流しの最後尾」になり、手元には借用書だけが残る。このビジネスの、創作以上にタフな「盲点」でもある。
ティンバランド、元マネージャーらに対し1500万ドルの詐欺訴訟
https://www.digitalmusicnews.com/2026/11/02/timbaland-lawsuit-former-managers/
「職業は他人から規定されるものではない」と書いたが、組織人は割り当てられたスロット(仕事内容や責任範囲)で規定される。ただ、その枠組みがその人個人の可能性を規定するものでは勿論ない。肩書でも病気名でも、人は名前を与えられるとその定義へ自分を収斂させてしまう暗示効果がある(ラベリング効果)。どうせならこの習性を、自分の可能性を広げる方向に使いたい。ただし中二病とラベリングされないよう控えめに(笑)。
マスク氏に新たな肩書、テスラの「テクノキング」:AFPBB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3336919