マイクロブログ・アーカイブズ 2023年11月
人は誰でも自分の中に「アーティスト」と「裁判官(ジャッジ)」を抱えているという。二役とも、一日の仕事量の上限はほぼ決まっている。自分と関係のない事柄に首を突っ込んだり、むやみに事を複雑にして判断の数を増やすと、人が本来持っているアーティスト資源=創造性や発想力、飛躍力が劇的にしぼんでいく。
人は誰でも自分の中に「アーティスト」と「裁判官(ジャッジ)」を抱えているという。二役とも、一日の仕事量の上限はほぼ決まっている。自分と関係のない事柄に首を突っ込んだり、むやみに事を複雑にして判断の数を増やすと、人が本来持っているアーティスト資源=創造性や発想力、飛躍力が劇的にしぼんでいく。
紙の束を渡されて、「制限時間内に出来るだけ沢山の紙を、教室の向こう側に飛ばしなさい」と言われたら?紙飛行機を一つ一つ作って飛ばそうとする人は、紙をくしゃくしゃに丸めた玉を放り投げる人に惨敗する。後者の解決法に眉をひそめる大人もいるだろうが、現実世界で瀕死の状況を切り抜けたり社会に変革を起こすのは後者のやり方。答えは一つでないことを教わる機会はあまりに少ない。
日本でタクシーの運転手が自分の好きな音楽をかけっ放しにすることはまず考えられないが、海外では運転手の「選曲」の個性を味わうのも乗車の楽しみの一つ。これまでの経験では、パリのタクシーはファンク、ディスコ、ハウス、NYではR&Bからインド、アラブ音楽(=故郷の音楽)まで、西海岸ではロック、スムース・ジャズ、ハワイではトラップにハワイアン等々。それにしても、みんな音量がデカイ。
数年前に高齢で亡くなった美術家の本と作品に触れた。日本美術に疎いからか、僕が東京にいた頃にその方の名前を聞いたことはなく、作品も見た事がなかった。世の中には陽の目を十分に見ていない、眠れる傑作・傑人が沢山いることを痛感する。日が当たらないものに対して世間というのは随分と残酷なのだけれど、そんな事とは無関係に、作り手の魂は作品の中で永遠に輝き続ける。
ライオンの寿命は囚われの身で25年、野生だと12年~16年らしい。檻の中では食物も医療、仕事ですらも保障されるし、第一、外敵に殺される危険がないので、当然長寿になる。動物愛護や種の存続の点では様々な意見があるだろうし、ライオンに生きがいや充実感、退屈という概念があるのかは分からない。ただ少なくとも人間は、健康や安全の確保以上に「生きる価値」を追い求めずにはいられない生き物。
1998年冬、パリのラ・ヴィレットでGlobal Teknoというフェスティバルがあった。デビューして間もない頃の初海外ライブで、東京から機材と変圧器を抱えて、今は無きヴァージンエアに駆け込んだのを覚えている。エイフェックスやらダフトパンクやらの出演者に交じって、エレクトロニックミュージックの新しいうねりの渦中に自分も居合わせることが出来たことを感慨深く思うと同時に、これからも絶えず変化し、音を創り続けることを誓う、25年後の初夏。
キプリングの有名な詩「If」に「If you can meet with Triumph and Disaster, and treat those two impostors just the same」という一節がある。大勝利と大惨事というのは、究極的にはコインの表と裏の様なもの。 若い頃はピンと来なかっただろうが、歳と経験を重ねるとこれはよく分かる。人生何が起こってもそんなに落ち込む必要もないし、そんなに舞い上がる必要もない。これはまさに「塞翁が馬」の意味するところ。
個人的な見解だが、アートに「職人」という言葉を使うことに違和感がある。アートとクラフト(工芸)は重なるところはあれど、(優劣の問題ではなく)基本的に別物。アートは創り手のアイデアや視点、エモーションを作品に投影させる「自発的な挑戦」であって、リスクや恐怖と常に表裏一体。そこに秘めた危うさや飛躍、不安定さが、クライアントや指示の存在を暗に意味する「職人」という概念とフィットしないように感じる。
曾祖父母が第二次大戦時カリフォルニアの強制収容所に入れられていたことを聞いたのは、母が他界するほんの少し前。僕が渡米した後もなお先祖にアメリカ移民がいたことを全く知らなかったわけだが、母から聞いた僅かなエピソードの中で印象的だったのは、収容所での過酷な生活や人種差別を経てもなお、曾祖父はアメリカへの愛国心に溢れていたということ。僕にとって「二つの祖国」はもはや作り話ではない。
Tatsuya Oe Updated: 2024/11/5 火曜日






日本人観光客で賑わうホノルルのホテル。週末の夕刻には、サモアやタヒチ、ハワイといったポリネシアの伝統ダンスやファイヤーショーが披露され、その爆音と熱量に圧倒される。ポリネシアのパーカッション音楽には昔から魅せられ、レコードやCDを掘っては「一通り知った気」になっていた。しかし実際は、島やエリアによってリズムパターンや演奏法がかなり異なるという奥深さがあったのだ。このところ惹かれているのはクック諸島のグルーヴと演奏スキル。
Araura College – YouTube
https://youtu.be/QacBHiQ3pTI
1980年代からUCSFのメルツェニッチ教授らが発表した「脳の可塑性」の研究は、脳神経科学の常識を覆す決定打となった。日本での「大人の脳も鍛えれば変わる」という脳トレブームの基礎にもなったが、僕が注目したいのは記憶やスキルの「能力向上」ではない。能動的に注意を向け、新たな意味を与え続けることで「認知の枠組み(ナラティブ)」を物理的に書き換えられる—つまり感情システムすら再構築できるという視点だ。
TED日本語 – マイケル・メルゼニッチ: 脳の可塑性 | デジタルキャスト
https://digitalcast.jp/v/16841/
中国発のAIモデル「Kimi」が米国の主要LLMに匹敵する性能を示し、話題を呼んでいる。米国の重厚長大なデータセンター開発とは一線を画す中国の省リソース技術は、今後のゲームチェンジャーになりうる。とはいえ、そもそも僕らの言う「AI」は本当にそこまで大層なものなのだろうか?そんな素朴な疑問を抱いていた折に、ジャロン・ラニアーの最新インタビューを目にした。彼のような視点のテクノロジストが世界にあと数人いたらと切に思う。
ジャロン・ラニアー「AIなど存在しない。中身はただの人間だ」
https://youtu.be/TTppvBU2rU4