曾我蕭白「雲龍図」をイメージした楽曲制作/サウンドデザイン
NHK BSプレミアム「極上美の饗宴」で使用された、曾我蕭白「雲龍図」をテーマに作られた映像のための音楽を制作しました。アートディレクター、タナカノリユキさんとのコラボレーションです。
NHK BSプレミアム「極上美の饗宴」で使用された、曾我蕭白「雲龍図」をテーマに作られた映像のための音楽を制作しました。アートディレクター、タナカノリユキさんとのコラボレーションです。
新年明けましておめでとうございます。このFindings も9回目の新年を迎えました。引き続きよろしくお付き合いお願いします! 昨日は先日少しご紹介した展示会「The Performing Pot of Arts」(場所 […]
エンタテインメントの分野においても、日本に住む我々は安易に「海外」と「世界」という言葉を混同して使いがちですが、実際我々が「世界」と言って思い浮かべる世界は、世界のほんのほんの一部にしか過ぎないということを強く感じる今日この頃です。
サウンドデザインとコンポジションは非常に密接しているものだと考えています。人間の脳味噌が聴覚要素のどこまでを音楽的に捉え、どこからを非音楽的な「サウンド」と捉えるのかを考えつつも、時にそれらを分離させ、時にそれらを交差させながら音源を制作するのは、映像とコラボレーションする際の醍醐味の一つです。
Tatsuya Oe Updated: 2024/11/6 水曜日






人間が創造するものは常に諸刃の剣で、人の役に立つと同時に人を傷つけ、攻撃する道具にもなりうる。AIやハイテクのような今日的なもの以前に、まず「言葉」がそうだ。だが、扱いが難しい言葉とともに、音楽を構成する大事な要素である「メロディ」はどうだろう? メロディは、人間が創り出したものの中で唯一と言っていいくらいに「誰も傷つけない」ものではないか。先日他界したニール・セダカのこの名曲をふと思い出し、そんなことを考えた。
Neil Sedaka – Laughter In The Rain (Live, 1977)
https://youtu.be/y5H6G58hBUo
先日紹介したアビング氏の本では、ポップスターと貧乏な芸術家の対比が強調されていたが、実際は(欧米では特に)、世間の言うスーパースターは「スーパー破産人」であることも少なくない。エンタテイメント・ビジネスというのは結局のところ「人と金」の問題だから、ここに無頓着だったり安易に人任せにすると、スーパースターですら「そうめん流しの最後尾」になり、手元には借用書だけが残る。このビジネスの、創作以上にタフな「盲点」でもある。
ティンバランド、元マネージャーらに対し1500万ドルの詐欺訴訟
https://www.digitalmusicnews.com/2026/11/02/timbaland-lawsuit-former-managers/
「職業は他人から規定されるものではない」と書いたが、組織人は割り当てられたスロット(仕事内容や責任範囲)で規定される。ただ、その枠組みがその人個人の可能性を規定するものでは勿論ない。肩書でも病気名でも、人は名前を与えられるとその定義へ自分を収斂させてしまう暗示効果がある(ラベリング効果)。どうせならこの習性を、自分の可能性を広げる方向に使いたい。ただし中二病とラベリングされないよう控えめに(笑)。
マスク氏に新たな肩書、テスラの「テクノキング」:AFPBB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3336919