Fuji Rock Festival 初参加の時の映像がDVDに収録されています
梅雨も明け、いよいよ夏本番ですね。今日は用事があって銀座の方に出かけましたが、セール中というのもあってその人のごった返し振りに圧倒されました。有楽町~銀座辺りはこの数年のうちに再開発が進み、街並みが大きく変わりましたね。 […]
梅雨も明け、いよいよ夏本番ですね。今日は用事があって銀座の方に出かけましたが、セール中というのもあってその人のごった返し振りに圧倒されました。有楽町~銀座辺りはこの数年のうちに再開発が進み、街並みが大きく変わりましたね。 […]
先程苗場から戻ってきました。 正午過ぎに到着し、ドラゴンドラに揺られて辿り着いたDayDreamingはあいにく雨でしたが、僕のプレイ時間には雲間から光が差し始め、めでたく晴天のうちにDJを終えることが出来ました。途中ど […]
Tatsuya Oe Updated: 2017/3/23 木曜日






人間が創造するものは常に諸刃の剣で、人の役に立つと同時に人を傷つけ、攻撃する道具にもなりうる。AIやハイテクのような今日的なもの以前に、まず「言葉」がそうだ。だが、扱いが難しい言葉とともに、音楽を構成する大事な要素である「メロディ」はどうだろう? メロディは、人間が創り出したものの中で唯一と言っていいくらいに「誰も傷つけない」ものではないか。先日他界したニール・セダカのこの名曲をふと思い出し、そんなことを考えた。
Neil Sedaka – Laughter In The Rain (Live, 1977)
https://youtu.be/y5H6G58hBUo
先日紹介したアビング氏の本では、ポップスターと貧乏な芸術家の対比が強調されていたが、実際は(欧米では特に)、世間の言うスーパースターは「スーパー破産人」であることも少なくない。エンタテイメント・ビジネスというのは結局のところ「人と金」の問題だから、ここに無頓着だったり安易に人任せにすると、スーパースターですら「そうめん流しの最後尾」になり、手元には借用書だけが残る。このビジネスの、創作以上にタフな「盲点」でもある。
ティンバランド、元マネージャーらに対し1500万ドルの詐欺訴訟
https://www.digitalmusicnews.com/2026/11/02/timbaland-lawsuit-former-managers/
「職業は他人から規定されるものではない」と書いたが、組織人は割り当てられたスロット(仕事内容や責任範囲)で規定される。ただ、その枠組みがその人個人の可能性を規定するものでは勿論ない。肩書でも病名でも、人は名前を与えられるとその定義へ自分を収斂させてしまう暗示効果がある(ラベリング効果)。どうせならこの習性を、自分の可能性を広げる方向に使いたい。ただし中二病とラベリングされないよう控えめに(笑)。
マスク氏に新たな肩書、テスラの「テクノキング」:AFPBB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3336919