パリのエレクトロ・ファンク仲間達&ストア情報
街を歩く際や現実社会と接する際、(無意識であれ)自分なりのルールや役割を設定して行動するのと同じように、ソーシャルメディアは世の風潮や強迫観念ではなく、自分の特性に併せて、無理をせず続けられる方法で付き合うのが良いかと思っています。友人のミュージシャン Bestrack (フランス)も紹介。
街を歩く際や現実社会と接する際、(無意識であれ)自分なりのルールや役割を設定して行動するのと同じように、ソーシャルメディアは世の風潮や強迫観念ではなく、自分の特性に併せて、無理をせず続けられる方法で付き合うのが良いかと思っています。友人のミュージシャン Bestrack (フランス)も紹介。
Model Electronic Library Proは、弊社の楽曲を、ジャンル、特徴、BPMなどの分類で検索でき、放送、映像へのシンクロナイゼーション(同期)・ライセンスに関する許諾や使用料などに関するやり取りをよりスムーズに行えることを目指したものです。最近音楽を手掛けたCMなども紹介。
今回の目的は、より簡便・迅速に国内外のメディア関係者の方達に音源をライセンスが出来るような仕組みを作ることです。日本は海外の音源を「買う」「使う」ことには習熟していても、日本からそれらの国に「売る」「貸し出す」ことに関してはまだ疎いところがありますが、独立系アーティストやレーベルこそ、ライセンスの仕組みを学ぶ価値があると思います。
アメリカのディストリビューターから薦められて、iTunes で始まったソーシャル機能 Pingを始めてみたものの、自分の中ではこれら膨張しつつあるソーシャルネットワーク群との関わり方が次のフェイズに移行した感じがします。自分なりにこの「Go Social」が向かうものを冷静に捉えていきたいですね。
「インディー」と言うのはそもそも音楽のタイプを指すものではなく、スピリットやアティチュード、運営形態を指すもの、すなわち文字通り「インディペンデント」を意味するものでした。現在は「メジャー系インディー」という奇妙なジャンルすらありますが、自分の場合は語源通りのインディペンデントでありたいと思っています。
エンタテインメントの分野においても、日本に住む我々は安易に「海外」と「世界」という言葉を混同して使いがちですが、実際我々が「世界」と言って思い浮かべる世界は、世界のほんのほんの一部にしか過ぎないということを強く感じる今日この頃です。
ここ最近はアメリカ西海岸の人達とやり取りすることが多いのですが、僕のネットワークの中では最も時差(15時間!)のあるエリアなので、スケジュール計算にしばしば混乱しています。
スティーヴン・ソンドハイムの作品をはじめとして、ミュージカル音楽には、ポピュラーミュージックとしても非常に聴き応えのある、「プログレッシブ(進歩的)・ポップ」と呼んでも差し支えない位の、良質でポップな楽曲が沢山あります。今日はバート・バカラックが全面的に音楽を手掛けた映画「Lost Horizon」の一部を紹介。
オープンソースのCMSを使ってウェブサイトを構築中です。こうした作業をしていると、「とにもかくにも、まず形にする」、「出来るだけ早い段階で、小さな失敗と成功を実践で積み重ねておく」といった、非常に大事で基本的な事を思い出させてくれるのですね。ニューヨークの老舗レーベルZE Recordsも紹介。
Tatsuya Oe Updated: 2024/11/6 水曜日






一時期、エピクテトスの言葉に深く感動して読み耽っていたけれど、今はそのドライすぎる視点に「もう少し夢を見てもいいんじゃない?」と感じる部分がある。奴隷という過酷な境遇にいた彼には必要な強さだったのかもしれないが、その哲学を突き詰めると「宝くじが当たっても外れても、僕の幸福には無関係だ」なんて言う、寂しい人になってしまいそう。さて、そろそろ創作に本腰を入れたいので、マイクロブログはしばらく不定期更新とさせていただきます!
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創作の範囲が驚くほど多岐に渡るゲーテは、「過去を振り返って反省する」タイプではなく、「今の自分を作品に叩きつけたら、すぐさま次の新しい自己へ脱皮する」タイプだった。書くこと、創ることは自己成長の手段であるという、彼の姿勢には強く同感する。自作への評価は光栄だが、僕にとって過去作は「当時の内なる声を形にした、全力の結晶」のようなもの。常に脱皮し、「今の内なる声」を追い求めていたい。
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トランプのSNS投稿という、現代社会で最も信じてはいけないものに世界中が右往左往している。だが、これはもはや彼だけのせいではない。それに過剰反応する側の責任も大きい。彼の投稿をソースにコピペ記事を書く輩を「ジャーナリスト」と呼び、その一喜一憂にレバレッジをかけてギャンブルに励む輩を「投資家」と呼ぶのは、さすがに劣化しすぎだろう。と、そんな「どうでもいい現象」について、わざわざ時間を割いて書いている自分も、過剰反応なのか(笑)
実は「ギャンブル」と同じ?! 投資の本質を考えてみた | 週刊エコノミスト Online
https://bit.ly/4bGaheE